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5月 02

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第123話「貧者に仕える聖職者 ゼノ神父と蟻の町のマリア北原玲子」


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2014年4月放送分

 

※今回は、母の希と娘の愛がお送りします。

 

希「あら、そういえばまだ4月分のラジオ聴いてなかったわ」

 

愛「お母さんまだ聴いてないの? 今回のはね、また深い内容だったよ。聖職者の物語」

 

希「そうなの? どんな聖職者を紹介してた?」

 

愛「前にさ、アウシュビッツ収容所で他の人の身代わりになったコルベ神父のこと紹介してたでしょ。

そのコルベ神父が長崎で布教活動してた時に、一緒にやってた修道士のゼノ神父のことと、

そのゼノ神父に影響を受けて活動した北原怜子さんのこと紹介してたよ」

 

希「ゼノ神父って、『ゼノ、死ヌヒマナイ』が口癖で、蟻の町のゼノ神父って呼ばれてたのよね」

 

愛「知ってたんだ。じゃあさ、ゼノ神父が、放浪癖があったって知ってた?」

 

希「それは知らなかったわ。じゃあ、修道士になる前に色んな職を転々としてたの?」

 

愛「うん。軍隊に志願したりとか、一攫千金を狙ったりとかしてたんだけど、お母さんが亡くなったことがきっかけで修道士になることを決めたんだって。でも、修道士のしきたりみたいなのに嫌気がさして修道院も転々としてたんだけど、そこで出会ったのがコルベ神父。それで、1930年にコルベ神父と一緒に長崎に行って貧しい人たちのために尽くしたりしたんだけど、第二次世界大戦が始まってコルベ神父はゼノ神父に全部託して、祖国のポーランドに帰っていって、それから長崎が被爆するでしょ。だけど、コルベ神父の修道院はそんなに被害が少なかったんだって」

 

希「そうだったの? コルベ神父が祈ってくれてたのかもね。そういえばもう一人紹介してたんでしょ。ゼノ神父に影響を受けた北原怜子さんだったかしら?」

 

愛「うん。その北原さんは、ゼノ神父と出会った21歳の頃から結核で亡くなる28歳まで、貧しい人々のために蟻の町の人々のために、子供達と一緒にゴミ集めをして、それが蟻の町のマリアってマスコミに称えられたんだって。

でも、それが慢心をうんじゃって、病気のために一回町を離れてまた戻ってきたとき、知らない女性に子供達がなついてるのを見て、自分のうぬぼれと愚かさに気づいて恥ずかしさと悲しみに打ちひしがれて、結局町を離れてきちんと療養生活を送ることにしたんだよね。

でも、病状が悪化する一方で、元気づけようとゼノ神父が、自分の教会のルルドのマリア像を北原さんに渡して、このマリア像は病気で苦しむ人を必ず治すこと、それと、蟻の町に移転計画が出ていて、東京都との交渉が難しくなってる今、蟻の町のために祈ってほしいってことを伝えて、北原さんが一生懸命祈りを捧げたら、移転計画は交渉が成立したんだけど、その知らせを受けてから北原さんは亡くなったんだって」

 

希「そんな方がいたのねえ。知らなかったわ。28歳ってまだ若い時に。信仰のために、他の人のために生きてこの世を去るって、凄いことよね」

 

愛「そうだよね。ねえ、お母さん、もう一回聴きたくなっちゃったから、一緒に聴こうよ」

 

希「ええ、そうね」

 

 

今回ご紹介した文鮮明師のメッセージ

「時の転換点における勝負は、時間と努力が問題である。そしてこれを動かしていくためには、勇気が必要である。強くて大胆勇気は、信念から生ずるのであり、信念は、無責任な立場では持ちえない」

 

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